生理冷却療法

 

アイシングの効果について

急性期の強い痛みや炎症を抑える

痛みを伴う症状が発生したとき、その患部には炎症が起こります。この炎症は、痛みと同時に熱が発生します。この熱を取り除かなければ、炎症そのものを抑えることはできません。一般の医療機関では、この場合、消炎鎮痛剤とシップ薬が出ます。この消炎鎮痛剤は、風邪のときに処方される解熱剤と同じ薬で、風邪の場合も、やはり急性炎症と熱を抑えるように働きます。

 

当院では、これらの薬と同様の効果を出すために、急性期の炎症による痛みに対して生理冷却療法(氷による)で熱を奪って、痛みを抑えるように努めています。

 

 

 急性期の後で症状の悪化や進行を止める

 急性期が終わり強い炎症が軽減した後、回復に向かわせるためにも生理冷却療法を用います。一般に、患者さんは強い痛みと炎症が消えると、そのまま治っていくと考えがちですが、症状のコントロールがうまくいかなければ、再び悪化したり、病気自体が形を変えて、新しい問題が発生したりしてしまいます。このような時期に、生理冷却療法で症状の悪化や進行を停止させ、早く回復に向かわせることが必要です。

 

氷は普通、溶け始めてから溶けきるまでの間、0℃を維持します。0℃の温度は細胞を破壊することなく保存しながら、最低限必要な新陳代謝や生命活動を継続させることができます。(冬眠と同じ状態)このように生理冷却療法は、氷が患部の悪化や進行をおさえこんでいる間に、患者さん自身の身体が持つ自然治癒力が、その病気を克服していくための機会や時間を、与えることができるのです。

 

 

リハビリテーション中のアイシング

 治療の後半で、完全な社会復帰のために、歩行を中心とした人間の生理にあった運動療法を行っています。安静やギブス固定などで、長期間身体を動かさないでいると、廃用性と呼ばれる関節の硬縮や筋肉の弱化、萎縮、血行障害、内臓機能の低下など様々な問題が起こります。これらは、完全に治癒するための大きな障害になります。このため、治療を続けていく上で運動療法は大変重要な役割を負っています。

 

しかし逆に、故障している場所に、過度な運動や負荷を加えると、その障害部分は再び発熱や腫れが発生し、痛みが再び強くなったり、変形を起こしたりしてしまいます。この『動かさないと治らない』と『動かすと悪化し痛くなる』の矛盾を解決するために、運動後の局所の生理冷却療法が重要になってきます。

 

野球選手や、他のスポーツ選手がよく試合やトレーニングの後に、肩や肘に氷をつけてインタビューを受けている姿をテレビなどで見かけます。一般的に『アイシング』として知られているスポーツ障害の管理法です。

 

生理冷却療法を続けることによって、故障部分が悪化することを抑えながら運動を続けることができるため、安全に確実に、回復させていくことができるのです。

 

以上のように生理冷却療法は、治療を継続し、正しく、元の健康な状態に戻していく上で    欠かせない、大切な手段です。来院されたときの治療も重要ですが、日常生活を含めた自宅での管理をスムーズに行う上でも生理冷却療法は、非常に大きな役目を負っていることを解ってください。

 

生理冷却療法への疑問・質問

Q.一般的に温めることが多いのに何故冷やすのですか?

A.温める事は元々、機能訓練や、運動療法の準備として行われてきました。

理学療法やリハビリテーションでは、一般の運動と同じように以下の3つのセットで行われています。

ウォーミングアップ(温熱療法)

エクササイズ(訓練・体操・矯正療法)

クールダウン(整理体操・アイシング)

骨折や、マヒなどで筋肉が硬くなったり、関節が痛くて動かない部分に対して、運動療法や矯正治療を行う前に、筋肉や関節をやわらげて、痛みを少しでも軽くしておくために温熱療法がありました。例えば、ホットパック・マイクロウェーブ・パラフィン浴やバイブラバス(気泡浴)などがこれにあたります。

 

その後、運動療法や矯正治療が施行されて、最後にその運動や治療で発生した熱を取ることが行われてきました。一般に日本の医療機関では、この最後のクールダウンが、湿布と消炎鎮痛剤によって行われますが、当院ではこれを、生理冷却療法で行っています。

 

温めるだけの治療では、炎症が少しでも残っている場合は、後で痛みや発熱が強くなったり、症状が進行してしまうことがあります。

 

Q.氷をすると冷えませんか?

A.冷えと氷冷は違います。

クーラーやプールの中、冷たい風の中などで、長時間身体を冷やすと、いわゆる『冷え』の状態になります。冷えは、身体にとっては良くない現象で、血行不良や、自律神経症状など、様々な問題の原因になります。この冷えは、身体の広い部分が冷やされることで発生します。広い範囲に冷えが起こると、人間はその防御のために、手足や体表面からの血流を撤退させて、からだの中心部(体幹部分)に集めるという、生命を守るための反応が起こります。冬山で遭難した人が凍傷を起こすとき、必ず手足の先や皮膚表面から損傷していくことはよく知られています。

 

これとは逆に狭い範囲(体表面積の1割以下)で氷冷すると、血流がその部分に集まって、その部分の温度が極端に下がることを防ぐため、血行や、その他の反応が大きく変化することはありません。氷を取った後、その部分が赤くなっているのはそのためです。

 

また、人間は体温が一定に維持される哺乳類であるため、一定以上の温度低下は起こりません。一般には、0℃の氷を当てた部分の表面は20分間で約10℃下がり、その後はこれ以上下がらないように防御されます。

 

このように範囲を限定して正しい生理的局所冷却を行うとその部分では一般に    いわれるような『冷え』の反応が起こらないことを知っていてください。

 

Q.冷やすのは氷でないとだめですか?

A.一般に販売されている蓄冷剤や保冷剤は、医療としての冷却法には、ふさわしくありません。

 

これらは化学物質で出来ているため、冷凍庫から出してすぐは、0度以下に冷えすぎていて、そのまま当てると『凍傷』を起こす危険があります。逆に、身体に当ててからは、その温度はどんどん変化し、0℃を超えて上昇してしまいます。蓄冷剤は、基本的に、温度を一定にコントロールすることは不可能です。前述の通り、生理冷却療法では、氷は溶け始めから最後まで、0℃を維持するため、当てている間、医学的に効果の高い範囲を保ちつづけます。

 
また、人間の身体は、約60%の水分でできていますから、熱のやりとりは、化学物質でできた蓄冷剤よりも、水の固まりである、氷の方が違和感なく行えます。同じ冷やす手段であっても、蓄冷剤と氷では、その医学的効果と安全性に大きな違いがあります。