顎関節症と歩行の関係

 

<大切なこと>

1)下顎骨(下あごの骨)は重力の中での頭蓋骨の位置と、主に上半身の姿勢バランスをコントロールする、機械的バランサーとして働いている。(ボクシングで顎の先にパンチが入ると簡単に倒れてしまう理由)

 

2)長い期間の姿勢バランスの代償の結果の、「下顎骨の傾き」の継続によって顎関節の炎症や変形、口を開けると音が鳴る状態などが発生する。

 

3)身体と頭の位置をコントロールするために、フレキシブルに動いている下顎骨をできるだけ自然に穏やかに安定させていくためには、積極的な「直立二足歩行」をしっかり継続していく事によって、まず原因になっている姿勢バランスの問題を、穏やかに修復していく事が重要になる。

 

 

 

 

平成の初めの頃、顎関節症がマスコミなどで大きく取り上げられた時期に、私達も、歯科の先生方と協力して、多くの患者様と触れ合う機会を持たせていただきました。

 

そして、その人間という動物の根幹のかかわる「捕食機能」と、それに直結する、顎関節と咬合(かみ合わせ)における問題が、本当に、その人の人格にまで大きな影響を与えてしまう、大変重要な問題であり、人間の身体に触れて、何らかの影響を与えることを職業にしている者として、改めて重く受け止めたことを今でも思い出します。

 

顎関節症を考えるうえで、重要なことは、地球上の動物が、常に頭の軸を重力線に合わせて、生活しているということです。そして、それによって、自分の傾きや、位置情報を察知し、行動しているということを、念頭に置いておかなければいけません。(詳しくは、「症状についての考え方背骨のゆがみについて考えるの項を参照してください。)
 
 
この頭の軸を重力線に合わせていくために、下顎骨(下あごの骨)は、常に,「重錘」として、「振り子」として、機構的な頭の位置決定のための、重要な役割を負っているのです。人間の場合、重力線からの頭の傾きに対し、下顎骨が重錘となって、瞬時に、機械的に、頭の位置を修正し、その後の神経的な平衡覚の働きをリードすることで、動きの中での様々な変化に対して、スピーディの対応するという、大切な機構であり、重力下での起立と歩行に関する、平衡覚の第一次反応を担っているのが、下顎骨の重錘機能だと私達は考えています。

 

ボクシングの試合で、顎の先に、きれいにラッキーパンチが決まることで、それまで劣勢だった選手が、逆転KO勝ちをするというような場面を、テレビなどで見られたことがあるかもしれませんが、下顎骨の機能が失われると、身体に大きなダメージがなくても、平衡覚を失い、立てなくなってしまうのです。

 

 このように、下顎骨の、頭位の軸に対する機能を考えた時、もし直立二足歩行する人間の、土台と柱の部分、すなわち、腰から下の下半身の部分や脊椎に、何かの問題があって、傾きが発生している時、これを修正して重力線に頭位軸をあわせるために、下顎骨は、重錘として、常に、一定方向に偏りながら、機能し続けることになります。この状態がもし、長期にわたって続くことになったら、下顎骨の両端にある顎関節において、問題が起こってくる事は、当然考えられます。

 

傾いている側の顎関節は、近づいて強く押し付けられる形になり、逆に、反対の側では、離れることにより関節離開が起きて、潤滑不全が発生してしまいます。そして、それぞれの側にその影響による、関節の痛みや変形が、起きてくる事になります。

 

私達は、信頼関係がある患者さんに対しては、「顎関節症は、歩いたら治る。」といっています。これはもちろん極端な言い方ですが、前述のとおり多くの場合、顎関節症は、土台や柱の傾きが頭部の傾きを形成し、これを修正するために、下顎骨の偏位が起こり、(最終的な修正は主に頸椎で行われますが)これが、それぞれの顎関節の、痛みや変形を作っていくと考えた時、土台の問題を解決するために、最も有効で、安全確実な手段は歩行であり、これを励行することによって、土台や柱の傾きが軽減、消失すれば、下顎骨は当然、偏位する必要もなくなり、顎関節症の原因は消失します、

 

当然これは、根本的な原因に則った、基本的な考え方であって、長い間に変形した顎関節が、たとえ原因を除去したとしても、すぐに、正常に戻るわけではありません。そして、歩行を続けるだけでは解決しない、土台の特殊な問題もあって、外から、何らかの方法で取り除かなければならない、外傷性の骨盤の損傷なども含めて、安直に歩行だけですべてに対応できるとは、私達も考えていません。

 

しかし、それでも、顎関節症のとらえ方として、その部分の単独の病状であることは少なく、直立している人間の土台と、柱の傾きに対して、平衡覚と安定した動きを保つために、重力線に頭位軸をあわせることを最優先した結果、下顎骨の「代償的な」偏位が、長期間続いてしまう事によって、起こってきた問題いうことを念頭に置いて、対応していく必要があるとい考えています。

 

顎関節症という疾患に向き合う時、まず土台である骨盤環、股関節を含めた下肢全体と脊柱の問題を確認して、これに正しく安全に対応し、(治療が必要な場合と、生理歩行の励行や日常生活の改善などの自己管理で、解決できる場合があり、これを踏まえて、十分な確認と検査が重要です)そのうえで、下顎骨の偏位をおこす原因になっている問題を取り除き、正常な動きと平衡バランスを取り戻して、顎関節の症状の回復を待つのが、顎関節症の治療における、安全で最善の方法だと考えています。

 

もちろん、口腔内の大きな問題の対応や、歯自体の悪影響が残る場合には、専門の歯科の先生方に依頼し、お任せするしかありません。しかし、そのような場合でも、根本的な原因を除去して、下顎骨の動きの問題を解決しておくことで、早い改善や治癒につなげていくための、大きな助けになると思います。

 

変形や、轢音(口の開け閉めの際に音が鳴ること)などの、長い時間を必要とする問題においても、土台と下顎骨における原因を取り除いておくことによって、強い痛みやそのほかの症状が少なくなれば、「リモデリング」という、不必要なものを吸収して、新しく、今の状態に合わせた形に作り替えてくれる、本来、自分自身が持っている、自然の力に期待して、じっくり待つことも、根本的に、この症状を治していくうえで、大切なことです。

 

 下顎骨という骨は、食事や会話の時にも、当然、大切な役割をする部分でありながら、頭の位置を重力線に合わせる「振り子の重錘」として、人間の平衡バランスに大きくかかわっているという、いくつもの役目を同時にこなし、そのために常に、フレキシブルに動き続けているのです。

 

顎関節症は、顎や口腔内だけにかかわる問題ではなく、重力下における全身の平衡バランスと、それをリードする頭蓋骨の軸との関連によって起こる、複合的な症状としてとらえ、そのことを念頭に置きながら、適切に対応していくことが大切であり、メンタルな問題への大きな影響力も考慮して、穏やかに、安全を第一に考えながら、かかわっていくべきであると、私達は考えています。