急な症状の悪化に対する考え方 |
3)特に思い当たる原因がないのに調子が悪くなった場合
患者様本人が今の自分の症状に対して、何も悪いことをしていないつもりなのに、症状が悪化したり痛みが強くなったりすると、だれでも不安になったり、パニックに陥ったりしてしまいます。
しかし、症状の悪化には、必ず原因があります。何の原因もなしに症状や痛みが悪化することは、絶対にありません。
最も見逃されやすく、また頻繁に起こっている症状悪化の原因は、「長時間、椅子に座り続けること」です。一般的に椅子に座ることは、楽をしている、身体にやさしい姿勢であると考えられています。正坐は足がしびれるし、立っていると足や腰がくたびれてだるくなってしまうため、長時間過ごす時には、椅子に座ることが身体にとって一番楽な姿勢であると考えられがちです。(寝る姿勢以外で)しかし本当は、椅子に長時間座るという姿勢は、背骨や骨盤、下半身のそれぞれの関節に、強い悪影響をあたえます。最大の問題は、関節の「不安定性」が発生するということです。
人間の身体の関節、特に脊椎とその下の骨盤、股関節、膝関節をはじめとする下半身の関節は、地球上では、重力(正しい体重)を受ける事でうまくかみ合うように作られています。特に加齢とともに変形したり、筋力が弱ったり、腫れたり、炎症がおこったりした後の関節は、自分の筋力だけで関節を正確にかみ合わすことができないため、重力の力を借りて、関節を正しくかみ合わすようにしています。もちろん過剰な負担や、繰り返す衝撃、極端な体重増加などは、逆に悪化要因になりますが、正常な体重=重力は、関節を正しくかみ合わせるために必要なのです。
しかし長時間の椅子姿勢は、(症状の程度や生活習慣によって限界を超える時間には、個人差があります)特に骨盤と下半身の関節に対し、重力がうまく働かないため、関節の緩みや不安定性を作りやすく、関節の潤滑不全や血行、神経障害を引き起こします。身長の低い人は、普通の高さの椅子でも、足の裏が正しく床につかないで、足が浮いたような状態になってしまうため、より不安定な状態が強くなってしまいます。
反対に低すぎる椅子(沈み込みすぎる椅子)も、骨盤の後方回転が起こり、背骨や股関節に負担がかかり、これが膝や腰の症状を悪化させてしまいます。この椅子姿勢の悪化要因が、理解されにくい大きな問題は、座っているその時に、痛みが出ることは、ほとんどないということです。
よほどの長時間や悪い姿勢の場合は、座っている間に膝や腰に違和感を感じたり、はっきりした痛みが出ることもありますが、多くの場合、座っている間に痛みを感じることがないため、いま自分の身体の問題に対して、「よくない姿勢」を取っているという自覚はありません。また長時間の椅子姿勢がたとえ関節と骨盤を不安定にしたとしても、筋肉がある程度機能している場合は、これをその場で痛みとして表に出すことはありません。
前日、前々日、いつもより長く座っていたことはないですか?
具体的な例を挙げると、
・職場の会議、セミナーや講演のパイプ椅子
・レストランなどでの食事
・訪問先での長時間の会話
・自宅での家族、友人、知人との歓談
・映画、観劇、長時間のテレビ、読書
・病院の待合室
・パーマや毛染めなど長時間のサービス e.t.c
これらの姿勢は、日常生活の中で普通に行われていることですが、現在治療中の患者様や、足腰に疾患を持っておられる方には、大きな影響がおこります。しかし多くの場合、座っている間に痛くなることはありません。もちろん現在の症状が治癒して、体調が完全に戻れば、これらの長時間の姿勢は、ある程度問題なく行えるようになります。(注意は必要ですが・・・)これ以外にもパソコンやゲーム、楽器演奏、縫い物、編み物なども長時間座ることによる腰や膝への悪影響とともに、肩や頸の問題に対する悪化要因になるのは、当然のことです。
また椅子姿勢ではありませんが、少し動けるようになってきた時の、中腰(しゃがみこみ)姿勢にも注意が必要です。
・庭の草引き、植木の世話
・押入れの作業(衣替えや掃除など)
・風呂掃除 e.t.c
これらの姿勢は、腰や膝、足首などに大きな負担をかけます。座敷の生活や和式トイレだった時代の以前の日本人にとって、しゃがみ込み作業は、それほど負担にはならなかったのですが、生活様式が変わった現代の私達にとって、しゃがみ込む姿勢は、身体への大きな負担になってしまいます。お母さん(お義母さん)達が平気でやっていたからと思って、現在治療中の患者様がその真似をすると、急激な症状の悪化を起こす場合があるので、注意してください。特に圧迫骨折などの背中の強い痛みの症状の治療中の場合は、絶対に避けてください。
もう一つ、特に何も無理をしていないのに、症状が悪化する原因として生理学的な閾値を超える という考え方が大切になります。簡単にいうと カンニン袋が破れてしまう ということです。
人間の身体に病気や痛みが発生するとき、ある一線までは何ともないのに、それを超えると、一気にすべての症状が出てしまうという特徴があります。(全か無かの法則)例えば「10」で閾値に達する(カンニン袋が破れる=強い症状の発生)として、「9」でも「2」でも同じように本人は、何ともないと感じているという事です。「2」ならばカンニン袋には相当の余裕がありますから、ある程度の作業や用事をしても大丈夫ですが、もし、今何ともない、調子よいと思っている自分のカンニン袋が「9」になっていたら本当に簡単なわずかな作業でも、カンニン袋が破れてしまう=閾値に達して症状が発生してしまう ということになります。
いつもの風呂場の掃除が「3」の負担だとしたら、ここしばらく仕事が忙しく、また風邪気味で、それでも断れない付き合いがあったとしたら、カンニン袋はもう充分「8」や「9」に達しているかもしれません。でも本人はいつもと変わらないと感じていて、いつも通り風呂場の掃除をしたら、突然翌朝から強い痛みがぶり返した。本人は「昨日まで何ともなかったのに」、「特に変わったことはしていないのに」、と不安になってしまいます。もしここしばらく、無理をせず穏やかに過ごしていて、カンニン袋が「5」以下になっていたら、「3」の風呂掃除では、症状が発生することはなかったはずです。
療養中に何かの行動や用事を考えるとき、今の自分自身のカンニン袋の中身をうまくイメージすることが、痛みの再発や悪化を起こさず、上手に元の生活に戻していくための重要なポイントになります。
最初にも書いた通り、確実にいえることは、症状や痛みの変化には、必ず理由がある ということです。もし、どうしても思い当たらない場合、患者様自身がそれを認識していないか、そんな程度のことで、自分が影響を受けるはずがないと思い込んでいるかです。ある日突然に、症状や痛みの悪化が起こっても、パニックにならず、冷静に原因を追究し、もし中止できるものであれば中止し、それができない日課や仕事ならば、最善の対策や、作業後の身体や患部の手入れの方法をしっかりと考えて、対応していくことが大切です。