骨盤における問題が「歩く」と修復される理由

 

<大切なこと>

1)地球上の動物は、重力の下でその基本的な移動動作を行うとき、合目的形態によって、それぞれの身体の部分のひずみや傾きを、機械的に修正している。

 

2)人間の基本的な移動動作は、直立二足歩行であり、身体のそれぞれの部分はその目的に応じた形態をしている。

 

3)人間の骨盤環を中心とした「土台」の部分は、工学的に強固な結合であるテーパージョイント(はさみ込み面圧軸受)を半分に切った形をしており、仙腸関節の潤滑機能にも助けられて、重力の下での直立二足歩行の中で修正復元機構として機能している。

 

 

 

 

 

 

地球上の動物が、その寿命を全うし、無事に生涯を終えるために、様々な細胞の破壊と再生が、身体の中で穏やかに、そして静かに繰り返されています。また生きていくために必要な動きの中で、発生する様々な問題も、多くの場合ホメオスターシス(恒常性)といわれる現状維持能力によって、修正され、復元されていきます。このようにして、その動物の個体を守り、健康を維持して、無事に一生を終えるようになっているのです。

 

特に、骨格系を中心とした運動器の修正復元は、その動物の基本的な移動動作の中で、行われているといわれています。全ての動物のその形は、基本的な移動動作をするための「最適な形」に作られています。これが、生物学で言われる「合目的形態」といわれる大切な要素です。

 

 

 

鳥なら飛ぶ、魚なら泳ぐ、四足動物なら疾走しているときに、この様な作用が働いて現状保存がなされています。渡りについていけなくなった渡り鳥や、群泳に取り残されて,底でじっとしている、或いは、水面に浮いて泳がない回遊魚、群れの移動についていけない四足動物たちは、このような機能がうまく働かず、やはり、もう寿命として、先が長くないように思われます。

 

人間の場合は、立ち上がって、頭を高いところにおいて、手(前足)を自由にしておくことで、道具を作ったり使ったりしながら、進化してきました。生物学の移動様式に適した「合目的形態」を考えた時、人間の基本的な移動動作は、直立二足歩行であり、この動きの中で前述のような、個体を守り健康を維持していく機能が備わっていると考えるのが、妥当だと思います。そして、その人間の(内臓を含めた)様々な部分は、直立二足歩行をする目的で作られていると考えられます。

 

例えば、四肢や体幹の関節に関しても、普通の生活の中の、様々な動作や作業の中で、ねじれ、ゆるみ、角度を変えていきますが、これを常に復元し安定させるために、筋力による修復作用とともに、重力による、機構的な骨格系の修復機能が、絶妙に働いてこの復元を支えています。上肢を除くほぼすべての関節は、受け皿の部分と、それにはまり込む骨の頭が「重力を受けること」で、しっかり結合するように作られていて、互いの接する関節の面同士が、平行になるように働き、その中に存在する滑液(ヒアルロン酸由来の潤滑液)を駆使して、自然に正しい位置に復元させています。(滑り込むようにしっかりとかみ合っていくイメージ)

 

そして、骨盤もその要の部分として、上記のように重力の中で、直立二足歩行をすることによって、自然に復元(整復)されていくのです。

 

骨盤環は左右の寛骨(腸骨とその下にある座骨、恥骨を合わせて寛骨といいます)が、真ん中にある、下に尖った三角形の仙骨を、挟み込むような形をしています。そしてその間にある、左右の仙腸関節は、一見意味のないような複雑な形の面同士が重なり合って、その中に滑液(潤滑油)を入れた状態で、仙骨と腸骨をつないでいます。そして、寝ている状態や「死体解剖」において、この仙腸関節は、普通に動かそうとしても、ほとんど動きは認められません。

 

しかし、立ち上がって、上半身の体重がしっかりかかった時、この仙腸関節の、意味のないような、複雑な関節の面が見事に機能して、その中にある滑液に、関節内での絶妙な動きを作り出し、しっかりかみ合って、スムーズな動きを作りながら、関節を正しい位置に接合するように働きます。

 

  

 

しかし、立ち上がっただけのこの段階では、その人の骨盤の状態によって、常に完全な状態の接合が、必ず達成されるとは限りません。そこで、この左右の腸骨(寛骨)を律動的に振動させることで、更に、滑液がスムーズな関節の滑らかな動きを作って、一番深い安定した位置での、しっかりした仙腸関節のかみ合わせを、獲得していくのです。

 

そして、この動きをつくるのが、「歩行」なのです。

 

テーパージョイントという、工学的な接合方法があります。

強い力がかかるところ、例えば鉄砲の一番後ろ側の強い衝撃を受ける場所などに用いられている強固なジョイントです。これは、イメージとしては、強い滑らかな素材で出来た、すり鉢状の容器に、それより少し小さく硬い円錐状の物をはめ込んでいきます。そしてそのすり鉢の内面には、よく滑るように油を塗っている状態を、想像してください。

 

少しくらい偏ってはまり込んだとしても、上から圧力がかかっている状態で下のほうからゆすってあげると、その振動と油の滑りによって、小さい円錐は、すり鉢状の受け皿にしっかりとはまり込み、中心に安定しておさまります。

 

実は、人間の骨盤の形は、このテーパージョイントを、半分に切った形をしているのです。左右の寛骨は、立ち上がった時、大腿骨のくびの部分の、約120度になる「頚体角」によって、左右からはさみ込まれており、この両方からの約120度の角度が、骨盤環に下に向かった円錐の形(下の先端は恥骨結合)を半分に切った様な形態を、作り出しています。そこに、三角形で厚みがあり、尾骨に向かって尖をつくる、円錐の形を半分にしたような仙骨が、はまり込む構造になっています。そしてこの寛骨のすり鉢の、仙骨と接する場所(仙腸関節)には潤滑剤としての滑液が入っていて、滑らかな「すべり」を作り出しています。

 

この状態で歩行することで、仙骨と寛骨の間の仙腸関節に、ひずみや位相差(ずれ)があったとしても、歩行による左右の律動的な動きと振動によって、仙骨の上にある脊椎からの上半身の重さを利用して、生理的に最も安定した場所にはまり込んでいくという、非常に理にかなった形態をしています。そしてこの構造は、テーパージョイントの特性どおり、非常に強い結合を作り出し、人間の身体と歩行機能に対する様々な衝撃や外力に、耐えるように作られているのです。

 

このように、人間の骨盤環は、テーパージョイントの原理をうまく利用しながら、基本の移動動作である歩行をすることによって、骨盤や骨格系をはじめとする様々な変化や問題を克服し、また外傷によって起こった変位を回復させるように備わった、素晴らしい「自動整復装置」として機能しているのです。(一部自動復元できない外傷もあります)そしてこの骨盤環の整復安定が、他の様々な骨格系の健全な動きに、強く影響を与えているのです。

 (詳細は、症状についての考え方骨盤が全身に及ぼす影響をご覧ください)

 

最近、歩行に関心が集まり、朝晩、公園などでもウオーキングを日課にされている方達をよく見かけます。しかしこのウオーキングにも、様々な目的や考え方があり、その人それぞれによって、歩く理由や目的は違ってきます。

 

私達は、骨盤環の生理的な安定を獲得して、骨格系を中心とした運動機能の健全な働きを達成させる目的で、骨盤の動きが活性化する「40分の継続歩行」を、奨励しています。

 

マスコミの健康情報の洪水の中で、歩行に関してもいろいろな意見や理論がありますが、私達の歩行の理由と目的ははっきりしています。このようなことを念頭に置かれて、積極的に、自分の修復機能と再生能力を最大限に生かし、真の健康を獲得するために、日々の歩行を楽しみながら続けていただきたいと、心から願っています。

 

追記 

最近のアメリカの研究報告で、認知症に関して、週3回以上の「40分歩行」を、一年間続けた高齢の対象者の「海馬の細胞」が,2%増えていたとの結果が出ています。そして何もしない場合やストレッチ体操などでは、残念ながら、認知症でなくても、普通に一年に約1・4%の減少が見られたと報告されています。このように、認知の予防や改善にも「40分歩行」が有効です。そして海を渡ったアメリカの研究にも、40分の歩行が用いられていることが、大変興味深いことだと思います。

 (2016年8月24日朝日新聞より)