ぎっくり腰のほんとうの原因を考える 2

 

<大切なこと>

1)筋、筋膜性腰痛症という、背部の筋肉が原因のぎっくり腰が良く知られているが、最近は、臀筋群(おしりの筋肉)を損傷するタイプの急性腰痛症が増加している。

 

2)歩行することが少なくなり、椅子生活になってきたことによって、下半身の筋肉や、股関節、膝関節などの柔軟性が失われてきている。

 

3)この臀筋損傷による症状は、悪化すると大腿部や下腿部まで広がって、坐骨神経痛や椎間板ヘルニアと誤認され、非常に複雑で治りにくい状態になってしまう。

 

 

もう一つのぎっくり腰の原因として、筋肉の急性の損傷があります。以前から筋・筋膜性腰痛症としてよく知られていた症状で、背中の下1/3のいわゆる腰の部分の左右の筋肉に発症する筋損傷による症状です。

 

例えば、重労働やスポーツなどによって、この腰背筋に肉離れや細かい筋損傷などが発生したとしても、その時点では周辺の筋肉がこれをカバーするために、よほどの強い損傷でない限り、その場ではすぐに痛みが出ることはありません。しかし前述の場合と同じように、朝起きて、まだ血流が充分に回らず、筋肉がうまく動いていない状態で、普通の朝の作業をしようとした時に、突然痛みを起こしてしまうのです。

 

しかし最近、私達がよく遭遇するのは、同じ筋損傷でも殿筋群(お尻の筋肉)が損傷を起こしているタイプの症状です。

 

これは日本人の生活様式の変化によって、近年増加してきたと考えられています。(30年程前にはあまり見られなかった症状です)西洋式の椅子生活に変わったことで、和式トイレや座敷の生活のように腰を深く沈める姿勢が少なくなって、股関節や殿筋の柔軟性が失われてしまった事と、前述のように椅子による骨盤環の不安定をカバーするために、常に緊張を強いられる事で、殿筋自体が日常的に疲労している状態だと考えられます。

もちろん歩くことが少なくなったことも、殿筋を弱らせる原因のひとつです。

このような状態で、普段行わないようなしゃがみ込みの作業や、重い荷物を持ったり、急に上半身を起こしたりするような動作をすることで、意外と簡単に殿筋は損傷を起こしてしまうのです。

そしてこの時も、痛めた筋肉に対して周辺の筋肉が「筋性防御」という筋肉のカバーを作ることによって、その時点ではそれほど強い痛みが出ることはほとんどありません。しかしこの場合も上記と同じように、翌朝、当たり前のいつもの動作をしようとした時に、急に強い痛みが発生して、ぎっくり腰になります。(本当は殿筋の損傷による痛みですが、多くの場合腰の痛みや、股関節の痛みとして来院されます)

 

そしてその損傷場所によっては、痛くて椅子に座っていられないとか、寝ている姿勢が特に痛いなどと訴えられる場合もあります。ひどい時には「上体を起こす役目」の殿筋が損傷することによって、二つ折れの状態で介助者に支えられて来院される方もあります。そして、この症状に対して適切な対応がとられず、長期に残ってしまった場合や、仕事やスポーツなどで、急性期における養生が充分に行われず慢性化した場合、足全体に広がる特有の症状が起こります。そしてその症状は、坐骨神経痛や椎間板ヘルニアなどによる下肢症状とよく誤認されてしまいます。(殿筋の緊張自体が本当に坐骨神経を締め付けてしまう下肢症状もあります)

 

この症状による下肢の問題は、殿筋の損傷による緊張が特徴的に大腿部の外側の筋肉に「アナトミートレイン」といわれる筋・筋膜の連続体として広がり、さらに症状が進むと、その延長として膝から下に降りていく神経の通り道を障害して、痛みやしびれなどの異常感覚を起こしていきます。

 

そしてこの足に広がる複雑な症状を取り除いていくためには、最初の殿筋の損傷を確実に改善させることが必要になります。

 

このタイプの場合も曲接骨院では、急性の筋損傷に対して筋層の平行化を目的とした特殊な整復操作と、損傷部分の再生をコントロールする専用のテーピング処置、生理冷却法によって急性期の対応を行い、後に症状が緩和した時点で、根本の原因になる、骨盤環と股関節の不安定性を取り除くように、安全で侵襲の少ない手段で対応していきます。

 

 私達は、ぎっくり腰を含めた急性の腰痛症は、その人の「堪忍袋」の破裂だと思っています。

 

病気や障害は普通、複合的な原因で発生します。単純に椅子に座るのが長いだけで、すぐ、ぎっくり腰になるということはありません。椅子に座ることが大きな悪化要因であっても、その患者さんの体力や筋力に余裕があれば、発症に至ることはありません。長時間の椅子に座る姿勢が続いて、起こってしまったぎっくり腰であっても、本当は、その前提条件として、その患者様の疲労の蓄積が限界に達して、身体が対応できなくなった結果、起こったものだと考えています。また筋・筋膜性腰痛によるぎっくり腰でも、健康な筋肉では起こらないような軽いきっかけによって損傷が起こるのは、すでにその筋肉に、強い疲労が起こっていたからなのだと考えられます。

 

この、ぎっくり腰という身体からの「イエローカード」を無視して、或いは、様々な方法で症状だけをごまかして、無理をそのまま続けることによって、本当の「レッドカード」が出てしまうことにもなりかねません。

 

例えば、前述のように、腰部にかかわる椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症といわれているような、下肢の強い痛みや歩行困難を伴う、もっと重症で複雑な疾患に移行してしまうことはもちろん、それ以外にも、そのぎっくり腰を起こすような「極端な疲労」がその時の体調によっては、内臓の重篤な病気や、心臓や脳にかかわる循環器系の疾患の引き金になってしまうことも考えて、できるなら、しっかりと養生しながら、腰痛とそれを起こしてしまった身体のダメージ(心のダメージも)を、同時にしっかりと解消していくことが、大切であると考えています。

 

早く治ることが、今の時代には最優先されています。そして私達もそのニーズに応えるべく当然、様々な技術を駆使して、最大限の力を発揮して、患者様の一日も早い治癒を目指します。

しかし本当は、患者様ご自身の身体の、このような「悲鳴」に対して、少しは余裕をもって、耳を傾けてあげることも、真の健康を願ううえで、大切なことではないかと、私達は考えてしまいます。