骨盤の状態が全身に及ぼす影響について

 <大切なこと>

1)人間の起立と歩行は、骨盤環と股関節、脊椎(せぼね)等が複雑にリンクして、微妙な構造的バランスを維持し、修正、代償されている。

 2)日常生活動作の中での骨盤や股関節における「ひずみ」や「傾き」は、人間の基本的な移動手段である直立二足歩行によって修復されていた。

 3)現代の歩かない生活の中では、このような姿勢バランスに対する「生理的」な代償が「長期」に続いてしまう事で、そのカバーしている場所に様々な問題や症状を発生させる。

 

骨盤環を中心として、股関節、腰椎を含めた、いわゆる腰部が、文字どおり「要=かなめ」となって、身体全体に対して、大きな影響力を持っています。

 

この部分は四足動物にとっては、単純に後ろ脚の付け根ですが、人間の場合は、二本足で立ってしまったために、非常に複雑で重要な役目を持ってしまうことになりました。四足動物と比較して、構造的にも、形態的にも、最も大きく変化し、適応したのがこの場所です。

 

私達はよく患者様に説明するとき、小学校時代、掃除当番をさぼって、手のひらにほうきを立てて、バランスをとる遊びに例えて話をします。手のひらが骨盤、ほうきの柄が背骨、頭はほうきの穂体の部分に当たると説明します。そしてその手のひらを微妙に動かし調整する、腕の部分の動きの役割が、股関節と考えられるでしょう。

 

もちろん、本当はそんな単純なものではなく、脊柱・骨盤・股関節のそれぞれがリンクし、常にバランスをとるための複雑な機構が組み込まれていてそのうえ、脳における平衡覚や反射制御などとの連関もあって、到底、簡単に説明できるようなものではありません。ただイメージとして考えてもらうとき、人間の直立状態は、普通に「置いてある」わけではなく、常に絶妙にバランスをとり、それを修正しながら、立ち、歩き、動いていることを、わかっていただきたいためです。

当然、手のひらの角度や、腕の動きが悪いと、ほうきは倒れてしまいます。骨盤環や股関節、腰椎の動きが、直立二足歩行のために大きな役割を持っていること、そして、この「要=かなめ」の部分の問題が、身体のあちこちのバランスを壊し、悪影響を及ぼすことを、少しでも理解していただければとの思いで、このような説明をしています。

 

骨盤の仙腸関節や、恥骨結合を含めたこの部分の異常(ゆるみや咬み込み、偏りなど)が起きた時、前述のように、姿勢バランスに大きな問題が起きます。

 

しかし倒れてしまう「ほうき」と違って、健康な人間であれば、直立姿勢を守ろうとして、これを代償(かばい、修正すること)する力が働き、様々な場所が反応を起こします。骨盤の上で、腰椎から始まる脊椎が、椎間板の働きによってそれより上の姿勢を修正しようとするために、その部分の水平だった椎間板は偏り、クサビ形になります。このような修正が平衡覚や頭位などをコントロールするために、頚椎で起こる場合も同じように、その場所での椎間板の偏りとクサビ形を、作ることになります。

 

このように、骨盤の異常に対する体幹部分の修正機能は、4個所の平衡器である角度変換点をはじめとする、24個の脊椎と、その間にある椎間板を駆使して、絶妙に対応し、バランスをとるように働きます。

また同じく骨盤環の故障において、ロコモーションとしての直立二足歩行を守るための代償は、主に股関節で行われます。移動としての動きの中での修正機能のために、骨盤環の異常を受けて、股関節は骨盤側の受け皿(臼蓋)と大腿骨の骨頭との接点の位置を微妙に変えながら、骨盤環の左右の角度を修正して、直立二足歩行を達成できるように働きます。このようにして骨盤環に起こった異常に対し、リンケージする脊椎と股関節で絶妙に修正されて、姿勢バランスと直立二足歩行が守られているのです。

 

しかしこの代償された修正状態が、長期にわたると、この脊椎の椎間板の髄核の偏りが、そのまま固定され、腰椎や頸椎の椎間板ヘルニア状態を作りだすひとつの原因になります。また椎間板のみでなく、脊椎自体も長期に負担がかかることによって、防御的な骨の増殖がはじまり、脊椎間狭窄症や、頸椎、腰椎の変形のきっかけになってしまいます。そしてこれにより、脊髄本体の障害や、手や足に行く末梢神経を障害して、坐骨神経痛、頚腕症候群の遠因にもなりかねません。

当然、股関節の修正も、長期にわたることで、股関節自体の変形はもちろん、大腿骨の下側にある膝関節の様々な問題を生み出し、足の捻挫や、足周辺のトラブルの原因になることは充分考えられます。

 

また股関節は、約400万年前の人間になる以前の「四足動物」の時代の名残として、対角線上の肩関節(前足の付け根にあたる)と連動して動きコントロールされています。股関節の長期にわたる問題は、主に反対側の肩関節の問題を惹き起こし、これがまた足と同じく,肘、手、指などの様々な症状の潜在的な原因になっていきます。多くの筋骨格系の病気や障害が、骨盤の問題発生により、姿勢バランスと直立二足歩行を守ろうとする「代償作用の長期の継続」が原因となって、発生しているということを、ご理解ください。

 

骨盤は一般に考えられているより、フレシキブルによく動いています。横になっている人や、「死体解剖」ではほとんど動きがないため、出産以外は動かないと、考えられていることも多いのですが、実際、重力下で、上半身の体重が仙腸関節にかかることによって、関節内の滑液(潤滑液)が機能するため、立ったり、歩いたりするときには、活発な動きが出現するのです。

 

人間の直立二足歩行における、最小限の横揺れの角度を考えると、骨盤環が干渉しないと成り立たない動きであり、また四足動物の前足にあたる肩の動きが、肩甲骨の約60度の動きを、伴っていること、そして鎖骨のクランク運動の存在などと対比して考えると、後ろ足の付け根において、恥骨の小さな動きのクランク運動を中心にして、寛骨が後ろ足(下肢)の動きに伴って、動いていることは充分考えられます。

 

但し、動く幅は、大きくても3ミリ程度といわれていますから、外から観察したり、普通のレントゲンなどでは、ほとんど確認できません。それでも骨盤は、恥骨結合を中心にして、左右の仙腸関節が、本当はよく動き、常に作業姿勢や運動などによって変化し、そして、人間の基本的な移動動作である、直立二足歩行をすることで、元の正しい位置」に戻っていました。だから、上に書いたような代償反応による、椎間板や股関節の変化も、長期に続くことは、ほとんどなかったのです。

 

今、あえて過去形で書いたのは、50年前であれば当たり前にできていた、このような自動的な整復機能が、現在の歩かない生活では,難しくなってしまい、骨盤の活発な動きによる変化を、自然に自分の力で戻すことができなくなってきたのです。そして、前述したような骨盤の変位と、それに続く「正常な代償反応」が、いつまでも継続することになって、これが後に、様々な問題を起こしてくるようになってしまったのです。

このため、変化した骨盤の形と動きを、正常な状態に戻していくための、人為的な操作や、外からの何らかのアプローチが、必要な時代になってきたのだと思われます。

 

ただ以上のことを踏まえて、骨盤環の安定と正常な動きが、健康に大きく寄与すると考えた時、今の時代、街中やマスコミでよく見かける、美容やダイエットのための気軽な、あるいは乱暴な「骨盤矯正」や、ビジネスや、興味本位の、「骨盤○○」というような、様々な物品やサービスが横行しているのを見るにつけ、私達は、大きな不安を覚えてしまいます。

 

長年のわたり、骨盤をはじめとした骨格治療に「専門」に携わってきたものとして、今、起こっている患者様の問題を、過去からの経緯も含めて、総合的に診察、把握し、その原因と、今後起きうる結果を充分考慮して、必要最小限の穏やかで安全な整復と、その後の最大限の正確な管理を遂行することで、患者様の根本的な回復と、本当の健康を取り戻すお手伝いをさせていただきたいと、私達は考えています。

 

気の遠くなるような時間をかけて、偶然と奇跡の積み重ねによって作り上げられてきた、人間の身体と、直立二足歩行に思いを馳せた時、そのような大変な場所に触れる職業を選んだ私達は、人間の身体に対する尊敬と、畏怖の念を忘れず、真摯にそして謙虚に、これからも取り組んでいきたいと、心から願っています。