呼吸と胸郭 ~肋骨のかご~

 <大切なこと>

1)身体に必要なエネルギーを作り出すためには、充分な酸素の取入れが必要で、これを活発に行うためには、横隔膜と胸郭自体の健全な動きが大切。

 

2)横隔膜の動きを妨げる座り過ぎの影響と、肋骨骨折や外傷による肋骨の関節の偏移による動きの障害を考える。

 

3)様々な健康法にもみられる「呼気=はくこと」の重要性と、自律神経に係る呼吸システムの特異性に着目する。

 

 

 

 

1)  酸素の取入れとエネルギーについて

最近、医療関係者や研究者の中で、健康の維持や回復、ストレス対応に エネルギーの重要性が取り上げられることが多くなりました。

 

このエネルギーを作り出すのは、主に、細胞の中にあるミトコンドリアで行われている、TCA回路(クエン酸回路)の働きですが、これを活発に機能させるためには充分な酸素が必要になります。そして、この酸素の取入れを担っているのが呼吸器系であり、そのためにも、呼吸器そのものの健全な働きはもちろん、これを包んでいる「胸郭」の安定した働きが重要になります。

 

肺そのものは、胃や心臓のような、自分自身を動かす筋肉を持っていません。肺が働くためには、その周りの筋肉がしっかり動いて、肺の動きを作りだす必要があります。

 特に、横隔膜の動きと、肋骨の間にある、外、内肋間筋が、重要な役割を負っています。

息を吸い込むときは、外肋間筋が働くのと同時に、横隔膜が緊張して胸郭が広がり、空気を入りやすくします。反対にはき出すときには、内肋間筋が収縮しながら、腹筋により腹圧を上げて、横隔膜を持ち上げて胸郭を縮め、絞り出すようにして肺の中の空気を外へ出します。

 

 このように、健全な呼吸と酸素の供給のためには、横隔膜と、内、外肋間筋の活発な働きが重要になります。そして、その横隔膜の働きを活性化させるために、最も必要なことは、実は、直立二足歩行なのです。

 

横隔膜は、胸骨、肋骨、腰椎から始まり、中心に集まって停止する筋肉の膜で、胸郭の底の部分を作っていますが、腰椎周辺では、「大腰筋」という筋肉に、線維性につながりを持っています。この大腰筋は第一腰椎(胃の裏)から始まり、大腿骨(ふとももの骨)に停止する大きな筋肉ですが、立ち上がると伸展し、座ったり、身体を曲げると縮んでしまいます。

 

お腹のたるみの原因になるなどと、美容やダイエットの分野でも取り上げられることのある筋肉ですが、長時間、座り続けることが多い生活や、自転車や車ばかり使って、ほとんど歩かない習慣を続けていると、大腰筋の活動が不充分になって、これによって繊維でつながった横隔膜を、うまくコントロールすることができなくなり、しっかりとした呼吸をするための障害となります。

 

肺をはじめとする呼吸器系の安定した働きや、効率よく酸素を取り入れるためにも、横隔膜の正常な働きは欠かせないものであり、これを達成するには、しっかり積極的に身体を伸ばして、立ち、歩くことで、大腰筋をしっかり機能させて、横隔膜の活発な動きを作り出すことが大切だということをわかってください。

 

もう一つ、安定した呼吸のためには、胸郭自体の動きを活性化することが重要です。

肋骨の間にある、内肋間筋と外肋間筋の働きが呼吸にとって大切な働きをしていると述べましたが、そのためには、その筋肉に挟まれた肋骨のスムーズな動きが必要になります。肋骨は、背中側で、胸椎(背骨)と、そこから出る横突起という場所の2ケ所につながる、複雑な関節を作っています。そして前側は、肋軟骨という柔らかい部分につながって、胸骨という骨と関節を作ります。そしてこの胸郭が、すべて硬い骨で出来ているのではなく、肋軟骨があるということは、胸郭の「活発な動き」を許容していると考えられます。

 

実際、息を吸い込むときには、肋骨は外肋間筋によって「上に上がり」、胸郭が開くように動きます。息をはき出すときには、逆に、強い内肋間筋の力で、胸郭を絞り込むように、肋骨を「下に下げる」動きが見られます。この時の動きの起点になるのが、前と後ろのそれぞれの関節です。例えば、肋骨骨折や肋軟骨損傷など、強い外力が加わって起こった障害の場合、レントゲンや痛みの出方によって、折れた個所の治療が優先されるのは当然です。

 

しかし、その折れるほどの力が加わった時、半円状の肋骨の前と後ろの関節に、その反力によって大きな力が加わって、これらの関節に捻挫や離開が発生し、これが潤滑不全を作り出してしまう可能性があります。そしてそれは、確認、対応されることはなく、ほとんどの場合、そのまま放置されてしまいます。これによって、例え肋骨骨折が治ったとしても、肋骨自体の動きが減少、あるいは停止が起こってしまうことがあります。

 

また、はっきりとした肋骨骨折がなかったとしても、強い打撲や転倒などの外力によっても、肋骨のその形から起こる「たわみ」と反力によって、同じように前後の関節を障害し、やはり関節の位相差を発生させて、これらの機能障害を残すことになります。

 

この肋骨と胸椎、脊椎部の関節がスムーズに動かなくなることで、吸気の時の肋骨の上りや、呼気の時の肋骨の下がりが不足して、酸素の取入れや二酸化炭素の排出が不充分になり、先述のような、TCA回路(クエン酸回路)による、安定的なエネルギーの産生にも障害をきたすことになり、それによって、エネルギー不足による様々な問題を惹き起こすことになります。

 

そして、この胸郭の動きの悪化による酸素不足は、エネルギー問題以外でも、広範に悪影響を及ぼします。例えば血液は、必要な場所に要求される量の酸素を送り届けるのが主な仕事ですが、胸郭の動きの悪化による、換気効率(ガス交換の効率)の低下は、血液の中に含まれる酸素量の不足を起こし、これをカバーするために、心臓はポンプ圧を上げて、多くの血液を送り出そうとします。このように胸郭の動きの悪さは、原因不明の治りにくい高血圧の一つの要因にもなります。

 

また、胸郭における動きの悪い肋骨は、寝た時に体重によって背中を押さえつけることによって、さらに動きが悪くなり、睡眠時無呼吸症候群の潜在的な原因をつくります。そして、過呼吸症候群のような自律神経症状においても、この胸郭拡張のような身体的要素が、ベースになっていることが多くみられます。(自律神経による症状は、多くの場合、元々、その人の身体的な問題要素がある部分に発症します。)

 

私達は、この肋骨と胸骨、肋骨と脊椎の関節に対し、活発な動きを再生させるための整復操作を行っています。デリケートな場所であり、患者様に、できるだけ不快感を与えないように心がけながら、穏やかで、安全な方法を用いて、これらの関節の機能を賦活させることによって、胸郭の正常な動きを取り戻すように、対応しています。

 

2)  呼吸における「呼気」の大切さとその対応

昔から,禅や武道、ヨガなどにおいて、呼吸法の訓練を行う場合、必ず呼気(息をはき出すこと)を大切にしています。健康な呼吸においては、一般に考えられているよりも、正しく息をはき出せるということが、重要なことなのです。

 

不感蒸泄」という機能があります。あまり聞きなれない言葉ですが、人間が普通の作業や動きの中で、汗をかく程でもない状況において、活動によって発生した「余分な熱」は、皮膚から自然に蒸散されるとともに、呼吸によっても排出されています。二酸化炭素と一緒に毛細血管から静脈に入った「余分な熱」は、心臓に還流されていきます。そして肺動脈によって、心臓から肺に運ばれて、二酸化炭素とともに、呼気によって、体外にはき出されていきます。(健康な人で一日900ml、皮膚からの蒸散が600ml、呼吸からは300mlといわれています。)

 

これが「不感蒸泄」という作用で、汗をかけない犬が走った後、ハアハアと舌を出して荒い息をしているのは、この機能を活発に働かせているからです。もちろん人間は、過剰な熱が発生すると、汗によって気化熱の形で積極的に熱を排出しますが、普通の穏やかな汗をかかない生活の中では、この不感蒸泄の作用が、無意識のうちに、行われているのです。

 

先ほど述べたように、もし、胸郭の動きが悪くなることによって、この呼吸による排出機能がうまく作用しなくなった場合、二酸化炭素や余分な熱が体内にとどまり、蓄積していくことになります。そして、これはまた様々な問題を起こす原因にもなっていきます。

 

特にはき出す機能に重要な、内肋間筋の胸郭を絞り込む作用が、肋骨の動きの問題によって充分発揮できなくなると、この排出不全の問題は大きく影響し、身体は防御的に「咳」などによって排出しようとします。例えば、風邪が治っても、いつまでも咳が残ってしまう人たちや、咳が良く出るのに、検査をしても何もないといわれている人たちの中には、このような、胸郭の呼気機能の低下が原因になっている人たちがよく見られます。

 

前項で、エネルギーを作り出すためのTCA回路(クエン酸回路)において、酸素の取入れが大切と述べましたが、そのためにも無理に吸い込むことよりも、しっかり二酸化炭素をはき出すことによって、自然に酸素は肺の中に入ってきます。換気効率からみても、スムーズなはき出しによって、はじめて効率的なガス交換が行われ、酸素をしっかり取り込むことができるということを知っておいてください。そしてそれは、吸い込むための外肋間筋よりも、はき出す働きの内肋間筋のほうが、分厚く頑丈に作られていることでもわかります。

 

またこのような呼気の問題の発生は、低気圧とも関連しています。秋、夏の高気圧から秋雨前線や台風によって、気圧が急に下がってしまう時期、原因不明の咳やぜんそくが発生しやすく、漢方の中でも、秋は「肺」の病気の季節といわれています。

 

これは気圧の低下が起こり、自分を包む空気の圧力が下がり、身体を膨張させる力が働くことによって、胸郭をしっかりと小さく絞り込みにくくなって、はき出すことが不充分になった結果起こる症状です。飛行機に乗ったり、高い山に登ったりすると、人によっては、息苦しい感じがしたり、ぜんそくや呼吸器系疾患の症状が強くなるのも、同じく低気圧による影響が考えられます。

 

これらの影響を少しでも減らして、二酸化炭素と余分な熱を確実に体外に排出させるためには、健全な胸郭の動きと、気圧の変化に負けない内肋間筋の強力な作用が必要になります。

 

曲接骨院では、日常生活において、できる限り、安定した呼気の排出を維持し、肋骨の正しい動きと内肋間筋の賦活を目的に、前述のような前後の肋骨の関節の整復とともに、特殊治療器具による、肋間筋の再生強化のための治療も行っています。

 

3)  自律神経と呼吸

呼吸は、血液循環や心臓の働き、胃腸の消化機能などの自律神経が支配する作用の中で、唯一、自分の意志でも行える、自律神経と随意神経の「境界」にある機能といえます。

 

自分の意志で、深呼吸や腹式呼吸を自由に行うことができますが、意識しなくても勝手に身体は、(生きている限り)自動的に呼吸を続けてくれます。例えば、心臓の動きを自分の意志で止めたり、胃酸を出そうと思っても、自分の意志で行うことはできませんが、呼吸は自分の意志でも、或いは、何も考えなくてもできてしまうのです。言い換えれば、自分の意志でコントロールできる、ただ一つの自律神経機能なのです。

 

意識しないで呼吸をしている場合、交感神経が強く働いているとき、例えば人前に出るために緊張状態にあったり、強いストレスや不安感をもっていたり、あるいは、能動的に仕事に打ち込んでいるときなどは、呼吸は「早く浅く」なっています。反対にお腹がいっぱいになって眠たくなっているときや、好きな音楽を聴いてリラックスしているときには、副交感神経が強く働いているために、「深いゆっくりした」呼吸になっています。

 

このように交感神経緊張状態の呼吸と、副交感神経が強く働いているときの呼吸があっても、自分の意志でこれを変えることによって、自律神経自体をコントロールしていこうというのが、自律訓練法です。

人前に出ると上がってしまう人に対して、直前に、呼気を中心としたゆっくりとした呼吸を、意識的に数回繰り返させることによって、副交感神経の働いているリラックス状態に少しでも近ずけたり、やる気の起こらない力の抜けた状態に対して、呼吸をうまくコントロールすることによって、緊張感と活性を取り戻すなどの方法も、昔からよく知られていました。 (後者の活性を取り戻すケースは簡単ではないですが)

 

このように呼吸は、自律神経をコントロールできる数少ない手段として、先ほど述べたように、昔から武道や禅、本当のインドのヨガの修行などで取り入れられていました。また、アメリカの自然医療の権威である、アンドリューワイル博士のグループでも、自律神経治療のための呼吸法などが、研究され、実践されています。

 

これらの呼吸法の場合、ほとんどが「呼気」を中心に組み立てられています。

 

自律神経の安定のための、呼気の大切さと、それを正しく行うための、胸郭の肋骨と呼吸にかかわる筋肉の健全な働きを、正しく保全することが重要であることをわかっていただけると思います。

 

曲接骨院では、自律神経の問題に関して、特別な診療時間枠を設けて、このような、骨格系の整復治療と自律神経の様々なコントロール技法に加え、専門的なカウンセリング療法も併用して、これに対応しています。(詳しくはこちらをご覧ください)

 

胸郭は、一見動きのない骨のカゴのように見えますが、以上のように活発に動き、呼吸を行うために、フレキシブルに律動を繰り返しています。そして、この機能が健全に安定的に保たれることによって、呼吸器系をはじめとする全身の様々な活動が成立しています。呼吸器系の問題を考える時,その容れ物である胸郭の機能と重要性を軽視してはいけないと、私達は考えています。