自転車と高齢者

歩くのは苦手だけれど、自転車なら大丈夫と言われるお年寄りが、時々いらっしゃいます。また、現代の社会事情で、高齢になられても、主婦業やお母さん業の現役として、活躍されている方も多く見かけます。忙しい日常に追われて、歩いてなんかいられない方もあって、大変だと思います。このように高齢の方にとっても、自転車はスムーズに移動し、スピーディに仕事をするためには、欠かせない乗り物です。

 

しかし,高齢の方々にとって自転車は、いくつかの特徴的な悪影響を作ります。

 

まず当然、姿勢の問題です。自転車に乗って、さっそうと走っているときの姿勢は、実は、手押し車を押して歩いている姿勢と、同じ形であるということを知っておいてください。身体を前に倒し、手をついて体重を支えながら、膝を曲げた状態での移動は、車を押して歩いている形も、自転車にのって走っている姿も、姿勢バランスとしては、ほとんど変わりません。もともと高齢になれば、徐々に前かがみの姿勢になっていくのは、当然、起こりうることで、残念ながら、健康で自然な老化です。100歳になれば、普通は、キンさんやギンさんのように、丸くかわいらしく、前かがみになっていくのは、当たり前のことです。

 

しかし、早くから押し車を使うことによって、2~3年たつと前傾姿勢が一気に進み、本来なら、まだだいぶん先であった前かがみ姿勢が、早く出来上がってしまうのは、皆さんもご存じだと思います。前述したとおり、自転車の姿勢も、これと同じ影響力が働くのです。

 

40~50代の時期ならそれほど影響はありませんが、高齢になって自然な老化によって、前かがみの姿勢が徐々に進もうとしている時期に、歩くことをせず、常に自転車ばかりで移動することによって、一般的な老化速度より早く、前傾姿勢が出来上がってしまうのです。そして、70歳以上になって、常に自転車ばかりで、歩くことが極端に少ない場合、もし何らかの理由によって、自転車をやめなければいけなくなった時には、普通の歩く生活に戻ろうとしても、もうその時点では、当たり前の直立二足歩行は難しくなります。その時には残念ながら、同じ重心バランスの、押し車に頼るしかなくなるのです。このことによって、行動範囲は一気に狭くなり、様々なことが不自由になってしまいます

 

この自転車ばかりの生活によるバランスの影響は、前かがみの姿勢によって、足の上がり方やスムーズな足の出し方がむつかしくなり、家の中や自転車に乗っていないときに、転倒する確率が高くなります。特に自転車の場合、前に出した足のつま先は、ペダルをこぐために、下に向ける癖ができてしまうため、歩く時に大切なつま先を素早く上げることがうまくできずに、転倒する危険性が非常に強くなります。

 

また前傾姿勢が強くなることで、圧迫骨折の可能性も高まります。圧迫骨折は、背骨にある椎体という部分の前側が、つぶれることによって起こりますが、もともと椎体の真ん中を通っていた重心線が自転車や押し車によって前に移動することで、今までより少ない力でも、椎体の前をつぶしてしまう危険性が、より高まってしまいます。

 

同じように自転車は、骨粗しょう症にも大きく影響しますカルシウムの補給や、日光によるビタミンDの摂取とともに、骨を強くするためには、重力の線に沿った、正しい圧力(体重分の負荷)が必要です。骨に対して正しい重力が常にかかることによって、骨はカルシウムやコラーゲンなどの骨成分を維持してこの力に対抗しようとします。直立二足歩行では、多くの骨は重力線に沿う形で存在するため、正しい圧力がかかり続けますが、自転車の場合は、背骨も足の骨もすべて重力の線に沿わない斜めの状態で移動することになります。このため主に筋肉の圧力だけになってしまうために、骨は成分を維持する必要が少なくなり、骨粗しょう症が徐々に進む原因になります。寝たきりになると、骨粗しょう症が一気に進んでしまうのも、このためです。

 

このように高齢の方にとって、自転車は便利であるとともに、様々な悪影響をもたらすことも知っておいてください。そしてこの影響を防ぐためには、なんとか時間を作って自分の足で歩くことです。姿勢に気を付けて踵接地を意識した歩行を、少しずつでも生活の中に取り入れることで、姿勢の曲がりを先延ばしにでき、自転車をやめる時も、押し車に頼ることなく、自分で歩き続けることができるのです。

 

曲接骨院には、たくさんの膝の悪い患者様が来られますが、実は60~70代の、自転車によく乗っておられる方よりも、80~90代の、自転車に乗れない人たちのほうが、簡単に早く治ってしまうという事実があります。

 

また、アメリカの大学で、高齢者を集めて、一日40分、週3回以上の歩行を一年間続けたところ、海馬(脳の記憶に関連する場所)の細胞が2パーセント増加した、との報告があります。そして何もしない場合や、普通のストレッチなどの運動では、たとえ健康であっても一年間に1.4パーセント、海馬の細胞は自然に減っていくといわれています。(朝日新聞、2016 8月24日付 健康コラムより)

 

こわい転倒圧迫骨折骨粗しょう症はもちろん、一番心配な認知症に関しても、歩くことで、リスクを大きく下げることができます自転車を減らして意識的に歩くことで、望んでやまない健康な老後を、手に入れることができるということをご理解ください。

 

 自転車は本当に便利です。お金もかからず、渋滞や駅で待たされることもなく、自由に動き回れます。でもこの便利さと爽快感に隠された、いくつかの問題点があることを、

知っておいてほしいと思います。自転車はあくまでも「道具」です。パソコンや包丁、電子レンジやフライパンにように、必要な時に、便利に利用することはとても良いことですが、靴を履いたら、常に自転車ばかり、自分の下半身を「ケンタウロス=ギリシャ神話の半人半馬の怪物」のように、自転車に取り換えてしまったような生活は、もうやめましょう。

 

どうか近所へ行くときや荷物のない時、バスや電車で行けるところには、自転車をやめて、歩いていくようにしてください。

そして、自転車に乗る機会が多いほど、まめに歩くように努めて、自転車の悪いほうの影響力を、極力減らしていくとともに、歩くことの効果によって、これからの健康維持を心がけていただきたいと思っています。

 

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